執着をやめてみたイメージ

何か問題が起きた時って、他の事が考えられない位その事ばかり考えてしまう。
とにかくその問題が解決しないと、何もできない、安心できない。

で、解決できたとしても、今度は同じ問題が起きないように、
どうしたら良いか?
そればかりを考えてしまう。
で、よしこれだ!って思ったとしても

なぜかまた同じ問題が発生する。
なんでだろう?
今まで独学で学んだ事といえば、

・乗り越えられない事は起きない
(乗り越えられることしか起きない)
・目の前に起きた問題から逃げると、いつまでもその問題が繰り返し起きる
・その問題を解決できると、人生の中の1つの課題はクリアできたこと
・自分が成長するためにその問題は起きている
・生まれてくる前に自分で自分の人生を決めて生まれてきている

などなどあげたら他にも結構あるのですが、

すべて頭では分かる。
そうなんだとも思う。

しかーし!
実際は、解決したことでも次から次へとやってくる。
ってことは、自分は解決したと思っているだけでそうではないってことなのか?
ただ単に、試されているのか?

考え出すと、きりがない。

で、何をしたかというと、
「執着をやめてみた」

問題が起きても、その問題に執着しない!
執着しないということは、問題が起きてもいいや!と開き直っちゃう。
(これって、心屋さん流ですね)
例えば、これは問題が起きた事とはちょっと違いますが、
分かりやすく言うと、

外出した日、特に何も考えず行動した。
なぜか、色んな人が優しくしてくれた。
世の中優しい人ばっかりだな~なんて思ったりする。

でも「これが普通」に執着すると、
そのまたある日の外出時、あれ?今日はそれ程でもないなんて思う。
むしろ今日は不親切な人ばかり!と思ってしまう。

この時に執着していた事に自分で気づいて、
世の中優しい人ばかりでなくてもいいや!って開き直ると(思うと)
あれ?なぜかまた優しい人ばかりとなる。

不思議ですが、
人は優しい人ばかり!って考えていると、
そうではない人と会うと、なによ不親切な人!ってなる。
でもその人は、たまたま優しくできなかっただけかもしれないし
虫の居所が悪かっただけかもしれないし、
誰に対してもそういう態度しかとれない人なのかもしれないし
そんなのは分からないけど、
自分が執着をやめると、なぜか不思議なことが起こる。

なんでだろう?
もうひとつ。

肌が汚いと悩み、きれいになりたくてスキンケアをあれこれ使ってみる。
あれもダメ、これもダメ、お金も使うし、ストレスもたまる。
そして今度は隠そう隠そうとしてよけい荒れた。

こんなにきれいになろうと努力して頑張っているのにーーー。
エンドレス・・・。

目の前にある「肌が汚い」ということへの執着。
必要最低限の事だけをして、汚くてもいっか!開き直る。執着をやめる。

すると不思議なことが起こる。

これ、娘の実話。
ニキビに悩んで、毎日毎日「肌が汚い、肌が汚い」
皮膚科の薬も塗ってるし、飲んでるし、
ニキビにいいっていうコスメも使ってる。

なのになんで!
「肌が汚い、肌が汚い」ホントに毎日毎日言っている。

こうも毎日言われると、正直聞いているこちらもうんざりする。

「もう!肌の事に執着しすぎ!」
と、言ってみた。

そしたらある日の朝、「あれ~肌キレイ~」だって!
他にも、こうなったらやだな~ってことや、思ってしまったら、
ハッと気づいて、すぐに、こうなってもいいや!って言い直す、思い直す。

すると不思議な事に・・・。
自分で体感してしまうと、これはもうやめられません。